この記事について
精神疾患で休職した社員への対応に日々悩まれている人事担当者の方へ。主治医の診断書だけでは読み取れない復職の判断や、本人の「大丈夫」という言葉をどう受け取ればいいのか迷われることも多いでしょう。精神科主治医かつ産業医として両方の現場を経験してきた立場から、企業と医療の間にある見えないギャップと、それを埋めるための実践的な視点をお伝えします。
【この記事のポイント】
- 精神疾患の回復は直線的ではなく、波があることが正常である
- 主治医は「生活の土台」を、企業は「業務遂行能力」を見ており、見ている階層が異なる
- 回復の非直線性を理解するだけで、両立支援の判断と関わり方が大きく変わる
精神科主治医と産業医—両方の現場で見えてきたもの
私は精神科医として外来診療を行いながら、産業医として企業の両立支援にも関わっています。この両方の立場を経験する中で、企業と医療の間には構造的なギャップがあることを実感してきました。
企業側からは「主治医の診断書だけでは判断しきれない」「本人が大丈夫と言っているが本当に復職できるのか」といった相談をよく受けます。一方、主治医としては「企業がなぜそこまで心配するのかわからない」「まだ生活の基盤が整っていないのに復職を急がせている」と感じる場面もあります。
このズレの根本にあるのは、精神疾患の回復が直線的ではないという前提を、企業側が十分に理解できていないことです。そして、主治医と企業では見ている階層が異なるということです。
よくある場面から見える企業と医療のギャップ
休職初期に連絡を取りすぎる企業
企業の善意が裏目に出るパターンとして、休職初期に頻繁に連絡を取ろうとするケースがあります。「今の状況はいかがですか」「何か困ったことはありませんか」といった連絡は、企業側の配慮から生まれるものです。
しかし主治医から見ると、回復の初期段階では休養そのものが治療であり、連絡を受けること自体がプレッシャーになることがあります。特に、進捗確認のような連絡は「早く良くならなければ」という焦りを生み、回復を妨げる可能性すらあります。
これは企業が「回復は順調に進むもの」と考えているから起こる現象です。実際には、精神疾患の回復には波があり、良い日と悪い日が交互に来ることも珍しくありません。
「大丈夫」という言葉の受け取り方
復職面談で本人が「もう大丈夫です」と言ったとき、企業側はそれを復職可能のサインとして受け取りがちです。しかし主治医から見ると、まだ生活の土台が安定していない状況であることが多いのです。
生活の土台とは具体的に以下のような要素です:
- 規則正しい睡眠リズム(入眠時間・起床時間の安定)
- 適切な食事摂取(食欲・食事量の回復)
- 基本的な活動量(外出・家事・運動などの日常活動)
- 集中力・判断力の回復(読書・テレビ視聴などの持続時間)
本人が「大丈夫」と言っていても、これらの基盤が不安定な状態では、業務ストレスに耐える準備ができていません。企業は「業務遂行能力」を重視しますが、主治医はその前提となる「生活機能」を見ているのです。

再発への過度な萎縮
精神疾患の再発が起きたとき、企業も本人も「失敗した」「支援が不十分だった」と考えがちです。しかし再発は回復過程の一部であり、必ずしも支援の失敗を意味するものではありません。
主治医から見れば、再発も含めて回復の波の一つであり、大切なのは再発したときの対応です。早期に適切な対応ができれば、以前よりも短期間で回復することも多いのです。
📌 ここまでのポイント
- 企業の善意による連絡も、回復初期にはプレッシャーになることがある
- 本人の「大丈夫」と生活の土台の安定は必ずしも一致しない
- 再発は失敗ではなく、回復過程の自然な波として捉える視点が重要
直線的でないことを知れば関わり方が変わる
精神疾患の回復が直線的でないことを理解すると、両立支援における判断基準が大きく変わります。
連絡のタイミングと方法
回復の波を前提とすれば、連絡は「進捗確認」ではなく「継続的な関係維持」として位置づけられます。具体的には:
- 月1回程度の定期連絡に留める
- 「調子はいかがですか」より「何か変化があれば連絡してください」という伝え方にする
- 返信を求めず、一方的に「いつでも相談してください」というメッセージを送る
復職判断の視点
「業務ができそうか」という判断の前に、「生活の基盤は整っているか」を確認することが重要です。以下のような情報収集を心がけましょう:
| 確認項目 | 具体的な質問例 |
|---|---|
| 睡眠リズム | 毎日同じ時間に寝て起きられているか |
| 食事・食欲 | 規則的に食事が取れているか |
| 日中の活動 | 外出や簡単な用事はこなせているか |
| 集中力 | 読書やテレビを一定時間続けられるか |
再発時の対応
再発を「想定内の出来事」として捉えれば、過度に動揺することなく適切な対応ができます:
- 再発の兆候を早期に発見するためのサインを事前に共有しておく
- 再発時の連絡体制や対応手順を明確にしておく
- 本人や職場に対して「よくあることです」という安心感を与える
よくある質問(FAQ)
Q1: 主治医と企業の見解が食い違う場合、どちらを優先すべきですか?
A: どちらも重要な視点です。主治医は生活の土台を、企業は業務環境を見ています。産業医を交えた三者での情報共有を行い、段階的な復職プランを作成することをお勧めします。
Q2: 本人が復職を急いでいる場合、どう対応すればいいですか?
A: 本人の焦りも回復過程の一つです。「急ぎたい気持ちはよくわかります。ただ、長く働き続けるためにもう少し準備期間を設けませんか」と伝え、段階的復職(時短勤務やリハビリ勤務)を提案してみてください。
Q3: 再発防止のために企業として何ができますか?
A: 完全な再発防止は困難ですが、早期発見・早期対応は可能です。定期的な面談、業務量の調整、職場環境の配慮などを通じて、再発のサインを見逃さない体制を作ることが大切です。
Q4: 同僚や上司への説明はどの程度必要ですか?
A: 本人の同意を得た上で、必要最小限の情報共有を行います。「体調管理中のため、段階的に業務を増やしていく」程度の説明で十分です。詳細な病名や症状の説明は不要です。
Q5: 復職後のフォローアップはどの程度の頻度で行うべきですか?
A: 復職直後は週1回、安定してきたら月1回程度が目安です。ただし、本人の状態や職場環境によって調整が必要です。定期的な面談よりも、困ったときにすぐ相談できる体制を作ることが重要です。
まとめ
精神疾患の両立支援において最も重要なのは、回復が直線的でないことを理解することです。この前提があれば、企業側の過度な心配や焦り、本人の「大丈夫」という言葉への過信、再発への萎縮といった問題の多くが解決されます。
主治医は生活の土台を、企業は業務遂行能力を見ています。この違いを理解し、両方の視点を活かした支援を行うことで、持続可能な両立支援が実現できます。完璧な復職を目指すのではなく、波があることを前提とした柔軟な支援体制を作ることが、結果的に本人にとっても企業にとっても最良の結果をもたらします。
明日からできる最初の一歩: 次回の復職相談では「調子はどうですか?」ではなく「生活リズムは整ってきましたか?」という質問から始めてみてください。
ご相談・お問い合わせのご案内
両立支援の具体的な進め方や、個別のケースでお悩みの場合は、産業医による専門的なサポートをご活用ください。企業と医療の橋渡し役として、現実的で持続可能な支援プランの作成をお手伝いいたします。従業員の健康と企業の持続的な発展の両立を目指し、一緒に最適な解決策を見つけていきましょう。
執筆者情報
瀬下直史 日本医師会認定産業医、東京大学公共健康医学専攻修了(MPH)、精神科医、両立支援コーディネーター
参考文献
免責事項
本記事は2026年4月時点の情報に基づいています。最新の情報は厚生労働省や専門家にご確認ください。

