持病を抱えながら働くことは、本人の努力だけでは成立しません。体調の波、治療との両立、周囲への気遣い――これらの負荷は、病気そのものより「働き方との摩擦」によって大きくなることが多いものです。この記事では、合理的配慮を「特別扱い」ではなく、職場全体で持続可能な働く環境を一緒につくるプロセスとして解説します。本人・上司・人事担当者・同僚、それぞれの立場でできることを具体的にお伝えします。
【この記事のポイント】
- 合理的配慮は一度決めて終わりではなく、対話と調整を続けるプロセスである
- 環境を整えることは、本人の治療継続と職場のリスクマネジメントの両方に有効である
- 上司・同僚・人事担当者それぞれが無理なく続けられる関わり方がある
合理的配慮とは何か――「特別扱い」ではなく「環境の調整」
合理的配慮の定義
合理的配慮(ごうりてきはいりょ)とは、障害や疾患を持つ人が他の人と同じように働けるよう、職場が必要な調整を行うことをいいます。2016年に施行された障害者雇用促進法の改正により、事業主には合理的配慮の提供が義務づけられています。
ただし、法律が求めているのは「過重な負担にならない範囲での配慮」です。企業が一方的に負担を強いられるものではなく、本人と職場が双方向で話し合いながら決めるものです。この双方向性こそが、合理的配慮の本質です。
持病を抱える人への配慮が特に重要な理由
持病(慢性疾患や長期的な病気)を抱えながら働く人は、決して少数ではありません。厚生労働省の調査によると、治療を受けながら働いている人は国内に約400万人以上いるとされています。糖尿病、高血圧、がん、うつ病、潰瘍性大腸炎、片頭痛など、その疾患は多岐にわたります。
こうした人たちが直面する課題は、「病気があるかどうか」ではありません。「病気がある状態で、今の働き方が合っているかどうか」です。ここに、合理的配慮が必要な理由があります。
なぜ環境調整が大切なのか――エビデンスが示す事実
環境調整は治療継続を支える
研究の知見は明確です。柔軟な勤務調整がある職場では、治療の中断が減ります。 通院のための時間を確保できる、体調の悪い日に無理せず休める、こうした環境が整っていると、人は治療を続けやすくなります。
逆に、無理して働き続けることで治療が後回しになり、症状が悪化するケースは少なくありません。職場が「治療を優先できる環境」をつくることは、結果として長期的な働ける状態を維持することにつながります。
上司の理解が症状悪化リスクを下げる
上司の理解がある職場では、症状悪化のリスクが低くなることも示されています。これは単なる「優しさ」の問題ではありません。上司が状況を把握していると、無理な業務配分を避けられます。本人も「言えば伝わる」という安心感から、早期に不調を報告できます。
一方で、上司の立場からすると、「どこまで配慮すべきか」「チームへの影響はどうなるか」という悩みも当然あります。この点については後述しますが、上司もまた支援が必要な存在です。
合理的配慮はコスト増ではなくリスク低減になる
適切な配慮がある職場では、パフォーマンスは平均的に維持されます。 これは重要な視点です。配慮の有無によってパフォーマンスが下がるのではなく、配慮がないことで不調が深刻化し、最終的に離職や長期休業につながるケースが多いのです。
離職は本人の生活不安を増大させ、再就職の難易度を高めます。職場にとっても、採用・育成コストの損失、チームへの負荷増大というリスクがあります。合理的配慮は、本人のためだけでなく、職場のリスクマネジメントとして合理的です。
📌 ここまでのポイント
- 合理的配慮は法律上の義務であり、双方向の対話で決めるもの
- 環境調整は治療継続率を高め、症状悪化のリスクを下げる
- 配慮は「コスト」ではなく、長期的な離職・休業を防ぐリスク低減策である
持病を抱える人が直面する”心のハードル”
「迷惑をかけている」という自己効力感の低下
持病を抱える人は、制度よりも先に「心のハードル」にぶつかります。最も多いのは、「自分は迷惑をかけているのではないか」という気持ちです。 この感覚は、自己効力感(自分にはできるという感覚)を著しく低下させます。
自己効力感が下がると、相談することへの抵抗が強まります。「どうせ言っても仕方ない」「言ったら評価が下がるかもしれない」と感じ、不調を抱えたまま無理をする悪循環に入ります。
スティグマ(偏見・差別への恐れ)と予期不安
スティグマ(差別・偏見)への恐れも大きな障壁です。特に精神疾患やメンタルヘルス不調を抱える人は、「病気を知られたくない」という気持ちから、自ら支援を遠ざけてしまうことがあります。
また、再発や悪化への予期不安も常につきまといます。「また体調が崩れたら仕事を続けられないかもしれない」という不安は、それ自体がストレスとなり、パフォーマンスや判断力に影響を与えます。
治療と仕事の「役割葛藤」
治療のために通院する、副作用で動けない日がある、定期的な検査がある――こうしたことと、職場の期待や業務量の間で生じる役割葛藤は、慢性的な心理的疲弊をもたらします。
この葛藤は、本人が「もっと頑張れば」と思うことで解決しません。職場環境そのものを変えることが、唯一の本質的な解決策です。
合理的配慮の実践――対話と調整のプロセス
一度決めて終わりにしない
合理的配慮でよくある誤解のひとつが、「一度配慮内容を決めれば終わり」という認識です。持病は変化します。治療が進むと症状が安定することもあれば、悪化することもあります。季節や生活環境によっても波があります。
合理的配慮は、状況の変化に合わせて更新し続けるプロセスです。定期的な面談や確認の仕組みをつくることが、持続可能な配慮の鍵になります。
具体的な進め方のステップ

このフローで重要なのは、最初の「相談」のハードルを下げることです。本人が「言っていい」と感じられる関係性が、すべての出発点になります。
「できること/難しいこと」を双方で確認する
面談では、以下の視点で情報を整理するとスムーズです。
| 確認する視点 | 本人側 | 職場側 |
|---|---|---|
| 現在の状況 | 病状・治療内容・副作用の影響 | 業務内容・チーム体制 |
| できること | 問題なくできる業務・時間帯 | 対応可能な調整の範囲 |
| 難しいこと | 体調の波・通院の頻度・疲労感 | 繁忙期・最低限必要な業務 |
| 希望・懸念 | どう働き続けたいか | チームへの影響・公平性 |
この確認は、一方的に「配慮を与える/もらう」ではなく、共同で解決策を探す協議の場として機能します。
上司・同僚・人事担当者――それぞれができること
上司ができること:心理的安全性をつくる一言
上司にとって、持病を抱えるメンバーへの対応は「どこまでやればいいか分からない」という悩みが尽きません。完璧な対応でなくていいのです。大切なのは、「何かあれば言ってください」と先に声をかけることです。
この一言が、心理的安全性(安心して話せる環境)を大きく高めます。上司が先に扉を開けることで、本人は「相談していい」と感じられます。すべての判断を上司一人で抱え込む必要はありません。人事担当者や産業保健スタッフを巻き込み、チームで対応する体制をつくることが、上司自身の負荷軽減にもなります。
同僚ができること:「特別扱い」への不満に向き合う
同僚の立場から「あの人だけ特別扱いでは」という感情が生まれることは、自然なことです。この感情を否定せず、向き合うことが重要です。
職場として伝えるべきメッセージは明確です。「今、あの人に必要な配慮をしている。同じ状況になったとき、あなたにも同じようにする」というものです。配慮は「あの人だけの特権」ではなく、「誰にでも必要なときに行われる職場のあり方」です。 この考え方が浸透すると、同僚の不満は大きく減ります。
人事・産業保健スタッフができること:仕組みと伴走
人事担当者と産業保健スタッフの役割は、個人の対応を「仕組み」に変えることです。相談窓口の明確化、配慮の申し出フローの整備、定期的な面談の実施、こうした仕組みがあると、個々の上司の負担も減ります。
また、産業保健スタッフは本人と職場の間に立ち、対話の場を継続的につくる伴走者でもあります。本人の病状の理解を深め、職場に「何が必要か」を翻訳し、双方が折り合えるポイントを探すこと――これが産業保健職の核心的な役割です。
📌 ここまでのポイント
- 合理的配慮は継続的な対話と更新のプロセスであり、一度で完結しない
- 上司は「声かけ」、同僚は「誰もが対象という認識」、人事・保健スタッフは「仕組みと伴走」
- 周囲の負担を減らすためにも、チームで対応する体制づくりが必須
よくある質問(FAQ)
Q1. 合理的配慮はどこまでやれば十分ですか?
法律では「過重な負担にならない範囲」とされています。金額や業務負担の程度、企業規模などを総合的に考慮します。「完璧にやりきる」より「定期的に見直し、対話を続ける」姿勢が重要です。一度に完全な配慮をしようとせず、できることから小さく始めてください。
Q2. 本人が病気のことを職場に伝えたくないと言っています。どうすればいいですか?
本人の意向を尊重することが原則です。ただし、配慮を提供するには最低限の情報共有が必要なこともあります。「どの範囲まで誰に伝えるか」を本人が選べるよう、産業保健スタッフが間に立って調整する形が有効です。強制的な情報開示は逆効果になります。
Q3. 特定の人だけ配慮するとチームの不公平感が生まれませんか?
「配慮は誰にでも必要なときに行われるもの」という職場文化をつくることが、長期的な解決策です。配慮の内容を全員に開示する必要はありませんが、「困ったときはお互いさま」という共通理解は明文化できます。育児・介護との両立支援と同じ文脈で伝えると受け入れられやすいです。
Q4. 産業医や保健師に相談したことは、上司や会社に全部伝わりますか?
産業保健スタッフには守秘義務があります。本人の同意なく、個人の健康情報を職場に開示することはありません。職場への情報提供は「何を・どの範囲で・誰に伝えるか」を本人と確認した上で行います。安心して相談してください。
Q5. 小規模な職場でも合理的配慮はできますか?
企業規模は関係ありません。大がかりな制度整備より、「相談しやすい雰囲気づくり」「柔軟な勤務調整」といった小さな工夫から始められます。まず上司と本人が話せる場をつくることが、最初の一歩です。
まとめ
- 合理的配慮は「特別扱い」ではなく、職場全体で働ける環境を一緒につくるプロセスです
- 環境調整は治療継続を支え、症状悪化を防ぐ効果があります。本人だけでなく職場のリスク低減にもなります
- 配慮は一度決めて終わりではなく、状況に応じて更新し続けることが重要です
- 上司・同僚・人事担当者それぞれが、無理なく続けられる形で関わることが持続可能な職場をつくります
- 心理的安全性が高い職場では、本人が早期に相談でき、悪化を防げます
明日からできる最初の一歩: 上司や管理職の方は、持病や体調の不安を抱えていそうなメンバーに「何かあれば遠慮なく話してください」と一言かけてみてください。それだけで、相談への扉は大きく開きます。
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執筆者情報
吉澤文子
保健師、看護師、公認心理師、両立支援コーディネーター
精神科看護の現場経験をもとに、治療と仕事の両立を支援する産業保健活動に携わっています。持病を抱える方が職場で安心して働き続けられるよう、本人・職場・医療機関をつなぐ伴走型支援を実践しています。
参考文献
- 障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法) (厚生労働省)
- 事業主が職場において行うべき障害者に対する差別の禁止及び障害者に対する合理的配慮の提供に関するガイドライン (厚生労働省)
- 治療と仕事の両立支援のためのガイドライン (厚生労働省)
- がん・糖尿病等疾病を抱える方々の治療と職業生活の両立支援事業 関連資料 (厚生労働省)
免責事項
本記事は2026年9月時点の情報に基づいています。最新の情報は厚生労働省や専門家にご確認ください。

