この記事について
「社労士に相談すればいいのか、産業医に相談すればいいのか分からない」——労務担当者の方から、こうした声をよく聞きます。この記事では、メンタルヘルス不調・休職者対応を中心に、長時間労働・ハラスメント・労災・健康診断・安全衛生管理の5つの課題について、社労士と産業医それぞれが「何を・どこまで担うのか」を具体的に解説します。両者の役割を整理すると、相談のムダが減り、対応がスムーズになります。
【この記事のポイント】
- 社労士は「制度・手続き・法律面」、産業医は「医学的評価・健康管理面」を担う
- 休職・復職対応は社労士と産業医が連携してこそ機能する
- 担当者一人で抱え込まず、両者を「チームとして動かす」発想が現場を楽にする
社労士と産業医、そもそも何が違うのか
社労士(社会保険労務士)の専門領域
社労士は、労働法・社会保険法の専門家です。就業規則の作成・変更、社会保険の手続き、労働時間管理の仕組みづくりなど、**法制度に基づく「会社の制度設計と運用」**を担います。人事・労務部門にとって最も身近な外部専門家の一人です。
産業医の専門領域
産業医は、医師免許を持ち、産業医学の研修を修了した専門家です。従業員の健康状態を医学的に評価し、会社に対して就業上の配慮や職場環境の改善を助言します。**「従業員の健康と仕事の両立」**を支える役割を担います。産業医の選任は、常時50人以上の従業員がいる事業場では法律で義務付けられています(労働安全衛生法第13条)。
労務担当者が知っておくべき「役割の境界線」
社労士と産業医は、専門領域が異なります。どちらかが「万能」というわけではありません。課題の性質によって「どちらに何を相談するか」を整理しておくと、担当者自身の負担が大きく減ります。
| 課題の性質 | 主な相談先 |
|---|---|
| 就業規則・制度の整備 | 社労士 |
| 休職・復職の手続き | 社労士 |
| 傷病手当金の申請 | 社労士 |
| 従業員の病状・就労可能性の評価 | 産業医 |
| 主治医との連携・復職可否の判断 | 産業医 |
| 職場環境・健康リスクの評価 | 産業医 |
メンタルヘルス不調・休職者対応:それぞれの動き方
メンタルヘルスの問題は、担当者が最も対応に迷う課題の一つです。本人の状態に気を配りながら、制度的な手続きも同時に進めなければなりません。上司や同僚も「どう接すればいいか分からない」と悩んでいるケースが多く、組織全体に負荷がかかりやすいテーマです。
社労士が担うこと
社労士は、休職・復職制度の設計と運用を支援します。就業規則に休職規定が適切に盛り込まれているか、休職期間の上限や復職の条件が明確かどうかを確認・整備します。
また、休職中の従業員が申請する**傷病手当金(健康保険から支給される所得補償給付)**の手続きサポートも行います。担当者が書類の書き方に迷うことなく、スムーズに申請できるよう助けてくれます。復職時・退職時の労務手続き(雇用保険の手続き等)も社労士の守備範囲です。
産業医が担うこと
産業医は、本人との面談を通じた医学的評価を行います。主治医の診断書の内容だけでなく、実際に本人と話すことで、現時点での就労可能性や職場復帰の準備状況を判断します。
主治医との情報連携(同意を得た上で)を行い、復職可否について会社に意見を述べるのも産業医の役割です。復職後も、時短勤務・業務制限・配置転換などの就業上の配慮について具体的な助言を行います。
復職プロセスにおける連携の流れ

📌 ここまでのポイント
- 社労士は「制度・手続き」、産業医は「医学的評価・健康管理」が専門
- 休職対応は、両者が連携して初めて機能する
- 復職プロセスは段階ごとに担当者・産業医・社労士が役割を分担する
長時間労働・過重労働:制度整備と健康管理の両輪
長時間労働は、メンタルヘルス不調や過労死につながるリスクがあります。法律面と健康面、両方から対応が必要です。
社労士が担うこと
社労士は、36協定(時間外・休日労働に関する労使協定)の締結と届出を支援します。協定の内容が法律の上限に違反していないか確認し、割増賃金が適正に計算・支払われているかも確認します。労働時間の管理体制(出勤退勤の記録方法など)の仕組みづくりも支援します。
産業医が担うこと
産業医は、**月80時間超の時間外労働が確認された従業員への面接指導(産業医面談)**を実施します(労働安全衛生法第66条の8)。面談では、疲労の蓄積度、睡眠状態、ストレス反応などを評価し、就業制限や休養の必要性について会社に意見を述べます。
担当者が「この従業員は大丈夫か」と感じたときに、産業医に相談するのが正しいルートです。
ハラスメント:防止体制の整備と被害者の健康ケア
ハラスメント問題は、法的対応と健康面のケアを同時に進める必要があります。対応が遅れると、被害者だけでなく、組織全体の信頼が損なわれます。
社労士が担うこと
社労士は、ハラスメント防止規程・相談窓口の整備、就業規則上の懲戒規定の設計を支援します。実際に問題が発生した際には、事実確認の手順や処分手続きの進め方についてもアドバイスします。制度が整っていないまま対応を進めると、後から法的リスクが生じることがあります。
産業医が担うこと
産業医は、ハラスメントを受けた従業員の心身の健康状態を評価します。メンタル不調が生じている場合は、医学的な対応(受診勧奨・休職判断等)や職場復帰の支援を行います。加害者側についても、必要に応じて健康面の確認を行うことがあります。
労災:申請手続きと再発防止の役割分担
業務中の事故や、過労・ハラスメントによる精神疾患が労災として認定されるケースがあります。対応は複雑で、担当者が一人で抱え込むと消耗します。
社労士が担うこと
社労士は、労災保険の給付申請手続きを代行します。業務起因性(その病気・けがが仕事によるものかどうか)の主張・立証のサポートや、労働基準監督署とのやり取りの代行も行います。
産業医が担うこと
産業医は、災害発生時の医学的所見の提供を行います。また、再発防止のために職場環境のどこに問題があるかを分析し、改善策を助言します。
健康診断・安全衛生管理:日常的な役割分担
健康診断における役割
| 役割 | 社労士 | 産業医 |
|---|---|---|
| 実施義務の確認・体制整備 | ○ | |
| 健診結果の医学的判定 | ○ | |
| 有所見者への保健指導 | ○ | |
| 就業区分の判定(通常・要制限・要休業) | ○ | |
| 措置後の労務管理対応 | ○ |
安全衛生管理体制における役割
社労士は、衛生委員会の設置・運営など安全衛生管理体制の制度整備を支援します。産業医は、月1回の職場巡視、衛生委員会への出席、作業環境・作業方法に関する専門的な改善助言を行います。担当者は、この二者の橋渡し役として情報を共有する役割を担います。
担当者が「チームとして動かす」ために
担当者が一人で抱え込まないために
労務担当者は、社労士と産業医の両方と関わる立場です。それぞれの専門家に適切に振り分けることが、担当者自身の負担を減らすことにつながります。「どちらに相談すればいいか分からない」と感じたときは、まず担当者が「法律・手続き面の話か、健康・医学面の話か」を判断する習慣を持つと整理しやすくなります。
上司・周囲への配慮も忘れずに
休職者が出た職場では、残った同僚や上司にも大きな負担がかかります。「なぜ急に休むのか」「いつ戻ってくるのか」「自分たちの仕事はどうなるのか」——こうした不安は当然のものです。担当者は、休職者の対応だけでなく、職場全体の状況を把握し、必要に応じて産業医に職場全体のケアを相談することも有効です。
「持続可能な対応」を意識する
理想的な支援の仕組みを整えることは大切ですが、現実には担当者のリソースは限られています。最初から完璧を目指す必要はありません。まず「誰がどの役割を担うか」を明確にするだけで、現場の動きはずいぶん変わります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 産業医と主治医、どちらの意見を優先すればよいですか?
会社として最終的な就業判断を行う際には、産業医の意見を基準にします。主治医は患者(従業員)の治療を担いますが、職場環境や業務内容の詳細まで把握しているわけではありません。産業医は職場の実情を踏まえた上で意見を述べるため、復職可否の判断においては産業医の意見が実務上の根拠となります。
Q2. 社労士がいれば産業医は不要ですか?
いいえ、両者は代替できません。社労士は法律・手続きの専門家であり、医学的な判断はできません。常時50人以上の事業場では産業医の選任は法律上の義務であり、健康管理・就業上の判断には産業医が必要です。
Q3. 休職者への連絡はどこまで担当者がすべきですか?
休職中の従業員への過度な連絡は、回復の妨げになることがあります。連絡の頻度・内容については産業医に相談し、本人の状態に合わせて判断してください。基本的には「月1回程度の安否確認」を目安にするケースが多いです。
Q4. 産業医面談を従業員が拒否した場合はどうすればよいですか?
産業医面談は、月80時間超の時間外労働がある場合など、法律で義務付けられているケースがあります。拒否された場合でも、会社としての勧奨義務は果たしたことを記録に残してください。繰り返し拒否が続く場合は、社労士にも相談しながら対応を検討してください。
Q5. 小規模な事業場で産業医を選任していない場合、どうすればよいですか?
常時50人未満の事業場は産業医の選任義務はありませんが、地域産業保健センター(都道府県の産業保健総合支援センターが運営)を利用すると、無料で産業医に相談できます。積極的に活用してください。
まとめ
- 社労士は「制度・手続き・法律面」、産業医は「医学的評価・健康管理面」が専門領域
- メンタルヘルス不調・休職対応では、両者が連携することで初めて機能する体制が整う
- 長時間労働・ハラスメント・労災・健康診断それぞれに、明確な役割分担がある
- 担当者は「振り分け役」として、課題を適切に専門家に橋渡しする意識を持つ
- 休職者への対応は本人だけでなく、周囲の職場環境へのケアも同時に行う
明日からできる最初の一歩: 自社の就業規則に休職・復職の規定が明確に書かれているか確認し、不明点を社労士または産業医に相談してみてください。
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執筆者情報
瀬下直史
日本医師会認定産業医、東京大学公共健康医学専攻修了(MPH)、精神科医、両立支援コーディネーター
精神科医として臨床経験を積む傍ら、産業医として多くの企業のメンタルヘルス対応・休職復職支援に関わる。労務担当者・管理職向けの研修や、個別事例への実務的な助言を得意とする。
参考文献
- 労働安全衛生法第13条(産業医の選任義務)、第66条の8(長時間労働者への面接指導) (厚生労働省)
- 心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き(改訂版) (厚生労働省)
- 過重労働による健康障害防止のための総合対策 (厚生労働省)
- 職場におけるハラスメント防止対策について (厚生労働省)
- 地域産業保健センターのご案内 (産業保健総合支援センター)
免責事項
本記事は2026年7月時点の情報に基づいています。最新の情報は厚生労働省や専門家にご確認ください。

