職場で「自分は何をすべきか」がわからず、なんとなくしんどい——そう感じたことはありませんか。この記事では、「役割の曖昧さ」がなぜメンタル不調につながるのかを産業医の視点で解説します。組織改編の後や、プレイングマネージャーに特に多いこの問題を、チェックリストや対処法とともに整理しました。
【この記事のポイント】
- 「何を期待されているかわからない」という状態は、医学的にもストレスの原因と認められている
- 矛盾する指示や要求に挟まれる「役割葛藤」も、心身の負担を大きく高める
- 上司・人事・本人それぞれができることを定期的に擦り合わせるだけで、状況は改善できる
「なんとなくしんどい」の正体
職場でのメンタル不調というと、長時間労働やハラスメントが原因としてイメージされやすいです。しかし実際には、もっと目に見えにくい要因が引き金になることがあります。その一つが、自分の役割が曖昧なことです。
「自分は何をすべき人間なのか」がはっきりしない状態は、毎日の業務に静かなプレッシャーをかけ続けます。何かをするたびに「これで合っているのか」と不安になり、何もしないと「怠けていると思われないか」と気になる。この繰り返しが、じわじわと心身を疲弊させます。
とくに組織改編の直後や新しいポジションに就いた直後など、「役割が再定義される場面」でこの訴えが急増します。本人だけでなく、周囲の上司や同僚も「どこまで関わればいいのか」と戸惑っていることが少なくありません。
役割曖昧性と役割葛藤とは
役割曖昧性(Role Ambiguity)とは
役割曖昧性とは、「自分に何が期待されているかがわからない」状態のことです。職務記述書(ジョブディスクリプション)がない、業務範囲が明確に伝えられていない、評価基準が不透明——こうした状況がそれにあたります。
この概念は1960年代から職業性ストレス研究で注目されてきました。現在では、役割曖昧性が高いほど、ストレス反応・パフォーマンス低下・離職意向が高まることが多くの研究で確認されています。
役割曖昧性が起きやすい場面
- 組織改編・部署統合の直後
- 異動・昇格・配置転換の直後
- 新しい事業・プロジェクトの立ち上げ期
- リモートワーク導入で上司との接触が減ったとき
役割葛藤(Role Conflict)とは
役割葛藤とは、「矛盾する要求に同時にこたえなければならない」状態のことです。たとえば上司Aからは「コスト削減を最優先に」と言われ、上司Bからは「品質を絶対に落とすな」と言われる。どちらかをとれば、どちらかに背くことになります。
この状態は、プレイングマネージャー(管理職でありながら自身も実務を担う人)に特に多く見られます。「部下のマネジメントをしなさい」という期待と「自分でも数字を作りなさい」という期待が、時間的にも精神的にも両立しにくい状況を生み出します。
📌 ここまでのポイント
- 役割曖昧性:「何をすべきか」がわからない状態で、ストレスや離職意向の原因になる
- 役割葛藤:「矛盾する要求に挟まれる」状態で、プレイングマネージャーに多い
- どちらも組織改編や役割の変化が起きたタイミングで急増する
メンタル不調につながるメカニズム
不確実性がストレスになる理由
人の脳は、予測できないことをストレスとして認識します。「次に何をすべきか」「どう評価されるか」がわからない状態は、脳にとって慢性的な脅威として処理されます。これが長く続くと、睡眠の質が低下し、集中力が落ち、気力が失われていきます。
この状態は、外から見ると「やる気がない」「コミュニケーションが減った」と映りやすいです。しかし本人の内側では、「何をしても裏目に出るかもしれない」という恐れが行動を縛っています。上司や同僚が「最近どうしたんだろう」と感じたとき、その背景に役割の混乱が潜んでいることは珍しくありません。
パフォーマンス低下と悪循環
役割が曖昧なまま仕事を続けると、優先順位をつけられず、必要でない作業に時間を使ってしまうことが増えます。その結果、本来やるべき仕事が遅れ、評価が下がり、さらに自信を失う——という悪循環に入りやすくなります。
本人が「自分はダメだ」と感じ始めると、助けを求めることが恥ずかしくなり、問題がさらに見えにくくなります。周囲の上司や人事担当者にとっても、「何が問題なのかわからない」まま時間が過ぎてしまうことが起きやすい構造です。
離職意向への影響
役割曖昧性と役割葛藤は、離職意向と強く相関することが研究で示されています。「ここにいても自分が何者かがわからない」「どれだけ頑張っても矛盾した評価しか返ってこない」という感覚は、組織へのコミットメント(帰属意識・貢献意欲)を根本から下げます。
優秀な人ほど「別の環境なら自分の力を発揮できるはず」と考えやすいため、役割の不明確さが採用・定着コストに直結することもあります。
自分の状態をチェックする
以下のチェックリストで、現在の状態を確認してください。
| チェック項目 | はい / いいえ |
|---|---|
| 自分の仕事の優先順位がよくわからない | |
| 上司から何を期待されているかがあいまいだ | |
| 仕事の評価基準が明確でないと感じる | |
| 複数の上司・部署から矛盾した指示を受けることがある | |
| 「あなたの仕事はこれです」と明確に言われたことがない | |
| 業務の範囲が広すぎて何から手をつければいいかわからない | |
| 頑張っても「なぜこれをやったのか」と言われることがある | |
| 自分の仕事が組織にどう貢献しているかわからない |
「はい」が3つ以上あれば、役割の曖昧さがストレスの一因になっている可能性があります。1〜2つであっても、そのストレスは本物です。「気のせい」と片付けないでください。
今日からできる具体的な対処法
本人ができること
ステップ1:「期待の言語化」を自分からお願いする
上司や職場が自然に期待を伝えてくれるのを待つより、自分から確認しにいくほうが早く状況が改善します。「私の今期の役割で、最も重視してほしいことを3つ教えていただけますか」という問いかけは、上司にとっても答えやすく、会話のきっかけになります。
遠慮する必要はありません。期待を確認することは、仕事の質を高めようとしている姿勢の表れです。
ステップ2:自分なりの役割仮説を作る
上司に聞くのが難しい状況であれば、まず自分の「役割仮説」を書き出すことをお勧めします。「自分はこの仕事で、Aを達成することを求められていると思う」という仮説を言語化し、それを上司に確認するという順序でも構いません。
「これで合っていますか?」という聞き方は、上司にとって答えやすく、ズレがあればすぐに修正できます。
ステップ3:矛盾する要求は「どちらを優先するか」と聞く
役割葛藤に直面したとき、「AとBのどちらを優先すべきか教えていただけますか」と確認します。これは決断を放棄しているのではなく、矛盾する状況を見えるかたちにするための行動です。上司が初めてその矛盾に気づくこともあります。

上司・管理職ができること
上司や管理職の方々にも、率直にお伝えしたいことがあります。部下が「なんとなくしんどそう」「最近元気がない」と見えるとき、その背景に役割の曖昧さがあることは非常に多いです。
**月に一度、15分程度の1on1(個別面談)**で「今の役割で困っていることはないか」「何を最優先すべきか迷っていることはないか」を確認するだけで、多くのケースで状況が改善します。管理職自身も忙しい中でのことですから、「完璧な面談」でなくていいです。短くても定期的に続けることが大切です。
人事担当者ができること
組織改編や異動のタイミングは、役割の曖昧さが最も高まる瞬間です。このタイミングで**「役割確認シート」を導入する**ことは、シンプルで効果の高い予防策です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主な業務内容 | 具体的な担当業務を3〜5項目で列挙 |
| 優先順位 | 重要度順に番号をつける |
| 成果の指標 | どうなれば「できた」と言えるか |
| 連携する部署・人 | 誰と協力して進めるか |
| 確認のタイミング | いつ・誰に進捗を報告するか |
このシートを異動から1週間以内に上司と一緒に作成する習慣をつけると、役割曖昧性のリスクを大幅に下げられます。
プレイングマネージャーへの特別なメッセージ
プレイングマネージャーの方は、構造的に役割葛藤を抱えやすい立場にあります。「部下を育てる」「自分でも成果を出す」「上位の方針を現場に落とす」——これらは本質的にトレードオフになる場面があります。
まず伝えたいのは、あなたが感じている矛盾は、あなたの能力不足ではないということです。構造的な問題です。そのうえで、現実的な対処として次の2点を意識してください。
- 自分の時間配分を「見える化」して上位者と合意する:「マネジメントに40%、自分の業務に60%使っています。このバランスで合っていますか」という確認をする。
- どちらかを犠牲にするときは、事前に報告する:「今月は案件対応を優先するため、部下の育成は最低限になります」と事前に伝えることで、「どちらかを怠っている」という誤解を防げる。
完璧にこなそうとすることが、最もメンタルを消耗させます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 役割曖昧性はどのくらいで心身に影響が出ますか?
個人差がありますが、役割が不明確な状態が2〜3ヶ月続くと、睡眠の乱れや集中力低下として症状が出始めることが多いです。違和感を感じたら早めに上司に確認することをお勧めします。
Q2. 「役割を確認したい」と上司に言うのが怖いです。どうすればいいですか?
「私がもっとうまく動けるようにしたいので、確認させてください」という前置きをすると伝わりやすいです。役割を聞くことは、やる気がないのではなく、むしろ貢献しようとしている姿勢の表れです。上司の多くはむしろ「聞いてきてよかった」と感じます。
Q3. 役割葛藤は個人の問題ですか、組織の問題ですか?
基本的には組織の構造的な問題です。矛盾する要求を出している管理職や組織体制に原因があることがほとんどです。「自分がうまく調整できないからだ」と自分を責めないでください。
Q4. 産業医に相談する必要はありますか?
「役割が曖昧でしんどい」という段階では、まず上司や人事への相談をお勧めします。ただし、眠れない・食欲がない・職場に行くのが困難なほどつらいという状態になっていれば、産業医への相談をためらわないでください。早めの相談が早い回復につながります。
Q5. テレワーク環境では役割が曖昧になりやすいですか?
はい、なりやすいです。対面であれば雑談や様子見で自然に確認できることが、テレワークでは意識して確認しないと情報が届きません。テレワーク環境では、特に定期的な1on1の設定が重要になります。
まとめ
- 「何を期待されているかわからない」役割曖昧性と、「矛盾する要求に挟まれる」役割葛藤は、どちらもメンタル不調の原因になる
- 組織改編直後やプレイングマネージャーは、特にこのリスクにさらされやすい
- 本人・上司・人事それぞれが、自分の立場からできることがある
- 「完璧な解決」より「定期的な確認」のほうが、現実的で長続きする
- 早めに動くことが、個人にとっても組織にとっても最もコストが低い
明日からできる最初の一歩: 上司に「私の今期の役割で最も重視することを1つ教えてください」と聞いてみてください。それだけで状況は動き始めます。
ご相談・お問い合わせのご案内
「役割が曖昧で職員が疲弊している気がする」「組織改編後にメンタル不調が増えた」「プレイングマネージャーへの支援をどうすればいいかわからない」——そういったお悩みは、産業医や保健師への相談が一つの手がかりになります。
当サービスでは、職場環境の課題を一緒に整理するご相談を承っています。「まだ問題になっていないけれど心配」という段階からのご相談も歓迎します。まずはお気軽にお問い合わせください。
執筆者情報
瀬下直史 日本医師会認定産業医、東京大学公共健康医学専攻修了(MPH)、精神科医、両立支援コーディネーター
参考文献
- Kahn, R. L., et al. Organizational Stress: Studies in Role Conflict and Ambiguity, Wiley, 1964
- 「職場におけるメンタルヘルス対策の取組状況」 (厚生労働省)
- 「ストレスチェック制度実施マニュアル」 (厚生労働省)
- 「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」 (厚生労働省)
- 産業ストレス学会編『産業ストレスとその対策』川島書店 (川島書店)
免責事項
本記事は2026年7月時点の情報に基づいています。最新の情報は厚生労働省や専門家にご確認ください。

